名誉欲で汚れた科学 〜ワトソンの二重らせん〜
権謀多き政財界に比べ、科学の世界には、清潔なイメージがあります。しかし、遺伝子構造の解明でノーベル賞を受けたワトソンは、実際は違うと証言しています。
(Wikipediaより引用)
1928年、ワトソンは、アメリカに生まれました。成績優秀で、15歳でシカゴ大学に入った彼は、生物学の可能性を示唆した『生命とは何か?』を読み、胸躍らせました。
どんな物質が遺伝情報を持つのか分からなかった時代に、
「遺伝子の構造を明らかにすれば、偉業となる。オレがそれを、解明するのだ」
と、大学1年で決意します。
22歳で博士号を取得。遺伝のカギはDNAにあると予想した彼は、イギリスの研究所に移りました。そこで、同じくDNAに着目していたクリックと出会い、意気投合。研究熱は一層高まり、特にワトソンは、解明できた暁に、科学誌にどう発表するかまで思い描いていました。
イギリスでのDNA研究は当時、生物物理学者のウィルキンズの独壇場でした。小ぢんまりとした英国学会では、大抵が知己同士。その知り合いの永年の研究に手を着ければ、非難は免れません。しかし、2人はひそかに研究を開始します。
ワトソンは書いています。
「ある考えを危険をおかして実行してみようともしない、鳴かず飛ばずの大学教授で終わるより、有名になった自分を想像したほうが、楽しいに決まっている」
ワトソンらのDNAの構造解明は、正確なX線写真があれば、早まるはずでした。しかし、写真はウィルキンズの研究室のもの。しかも、撮影技術に優れた彼の共同研究者・F嬢は、自分を助手扱いするウィルキンズに腹を立て、彼にさえ、自分の撮った写真を見せなくなっていました。彼女も、ウィルキンズを出し抜こうとしているらしいのでした。
知人でもないワトソンらに見せるはずもなく、2人は鮮明な写真なしで、DNAの分子模型を考え始めます。数ヵ月後、模型を作り上げ、意気揚々と周囲に見せましたが、F嬢が自分のデータと合わないと指摘。
模型は失敗でした。
無断で研究を始めた揚げ句、的外れな結果を出したと知った研究所の所長は、2人にあきらめるよう、通告します。しかしワトソンらは、科学史に輝く発見を、みすみす他人に譲る気にはなれませんでした。
2人は、ほかの研究に没頭しているふりをして、考え続けます。ウィルキンズに一度は渡したDNAの研究道具も、「ウィルスの研究に必要だから」と、うそをついて返してもらいました。会食する際には、わざとDNAの話題を外したりもしました。
翌秋、米国の学者がDNAのなぞを解いた、との情報が入ります。地団駄踏んだワトソンでしたが、学友だったこの学者の息子から、いち早く論文を奪い見た時、その間違いに気づきました。
「チャンスはまだある!」
ワトソンはある日、ウィルキンズと仲の悪いF嬢と衝突します。するとウィルキンズは、ワトソンを自分の理解者と感じ、彼女のX線写真を"盗み撮りしていた"秘密を打ち明け、それを見せてくれたのです。
写真を見た瞬間、彼の心臓の鼓動は高まりました。それは、"らせん構造"からしか生じない写真だったからです。
では、どんならせん構造なのか。それさえ解けば、自分たちが生命の秘密を解いたことになるのだ!数日間、ワトソンとクリックは、模型の部品をいじり回し、データと合う形を探し続けました。
ある朝、ワトソンの脳裏に、答えが稲妻のごとくひらめきます。早速、模型を組み立てました。2本の鎖がらせん状に絡まり合った、その形は非常に美しく、クリックも、模型が正しいことを認めました。2人はとうとう、生命の秘密を見つけたのです。急いで論文を書き上げ、タイプを頼みました。
「生物学史上で最も画期的な発見の一翼を担うことになる」
と言葉を添えて。
ワトソンらは1953年、発表した論文に、ワトソン、クリックの順で名前を掲載しました。順番は、コインを投げて決めたといいます。
9年後、2人がノーベル生理・医学賞を受賞した時、ワトソンは、34歳でした。
6年後、彼は発見までのいきさつを暴露した『二重らせん』を出版します。科学者たちが周囲を欺いて情報を盗み見たり、ライバルに成果を隠したりした姑息な手段を、生々しく記したこの本は、賛否両論を巻き起こしました。
「科学のイメージを壊した」
「科学者だって人間だ。その神話を崩した画期的な書だ」
よくも悪くも、世界的なベストセラーとなったのでした。
「(自分たちだけが)ふう変わりな例外とは信じられない」
とワトソンが記したとおり、科学界にも、名誉欲が渦巻いているのです。
あまりに若くして、歴史的な仕事をしたワトソンは、その後どう過ごしたのでしょうか。
「あれほどの論文は、めったに書けるはずもなく、つらかった」
と漏らし、後続の研究者を育てることに主力を注いだといわれています。
- 作者: ジェームス・D・ワトソン,中村桂子,江上不二夫
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1986/03/10
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